父が亡くなったと聞いた時、母は憔悴しきった声で、しかしはっきりと私に言いました。「お父さんの望み通り、家族だけで送りましょう」。父は生前、自分の葬儀について話す時、いつも「大勢の人に来てもらって、気を遣わせるのは嫌だ。本当に親しい人だけで、静かに見送ってくれればいい」と口にしていました。私たちは、その遺志を尊重することにしました。葬儀の連絡は、母と私、そして弟夫婦、父方の叔父叔母、母方の伯母夫婦だけに留めました。父の会社関係や、長年の友人たちには、葬儀が終わった後で報告することに決めました。正直、本当にこれで良いのかという不安はありました。しかし、通夜の夜、その選択が正しかったことを実感しました。斎場の小さな和室に集まったのは、たった十数人。そこには、弔問客への挨拶も、形式的な儀礼もありませんでした。代わりにあったのは、父の思い出話でした。母が、父との馴れ初めを照れくさそうに語り始めると、叔父が若い頃の父のやんちゃなエピソードを笑いながら話し、弟が子供の頃に父に叱られた話を懐かしそうに披露しました。私も、上京する時に父がかけてくれた不器用な励ましの言葉を思い出して、涙がこぼれました。誰に気兼ねすることもなく、泣いたり笑ったりしながら、私たちは夜が更けるまで父のことを語り合いました。それは、まるで父がまだそこにいるかのような、温かい家族団らんの時間でした。告別式の日、出棺の時、私たちは一人ひとり、父の棺に花を入れ、最後の言葉をかけることができました。もし一般葬だったら、きっとこんなにゆっくりとお別れする時間はなかったでしょう。もちろん、後日、友人の方々から「知らせてほしかった」というお叱りの言葉もいくつかいただきました。その都度、私たちは丁寧に頭を下げ、父の遺志であったことを説明しました。大変でしたが、後悔はありません。父が望んだ通り、家族の愛情に包まれて、静かに旅立っていった。その事実が、遺された私たちにとって、何よりの慰めとなっているからです。
父を「近親者のみ」で見送った日のこと