仏式の葬儀では、僧侶から授かった「戒名」が非常に重要視され、祭壇の中心に祀られます。しかし、だからといって「俗名」の重要性が薄れるわけでは決してありません。むしろ、葬儀という儀式を円滑に進め、参列者全員が心を一つにして故人を偲ぶためには、俗名が果たす役割は極めて大きいと言えます。その最大の理由は、参列者にとって、故人を特定するための最も確実な手がかりが俗名だからです。戒名は、多くの場合、葬儀の場で初めて知らされる、見慣れない漢字の羅列です。特に故人と親しかった友人や会社の同僚など、家族以外の人々にとっては、戒名だけでは誰の葬儀なのかを瞬時に判断することは困難です。そのため、斎場の入り口に掲示される案内板や、受付での芳名帳、そして香典袋のやり取りなど、多くの人が関わる場面では、必ず俗名が併記、あるいは主として用いられます。これにより、参列者は安心して故人との最後のお別れに臨むことができるのです。また、弔電や供花を手配する際にも、俗名で申し込むのが一般的です。もし戒名で申し込んでしまうと、葬儀社やご遺族が誰からのものかを特定できず、混乱を招く可能性があります。さらに、葬儀後の手続きにおいても、俗名は不可欠です。死亡届の提出や、保険、年金、相続といったあらゆる行政・法的手続きは、すべて戸籍上の名前である俗名に基づいて行われます。戒名は、あくまで宗教上の名前に過ぎず、法的な効力は一切持ちません。このように、俗名は、故人が生きてきた社会との繋がりを維持し、残された人々が滞りなく諸事を進めるための、いわば「社会的なパスポート」としての役割を担い続けます。葬儀において、戒名が故人の魂を仏の世界へと導く spiritual な名前だとすれば、俗名は、故人が築き上げてきた人間関係と社会的な存在証明を最後まで支える、practical な名前なのです。